脚本家・倉本聰さんがお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りします。

北の国から
テレビでは、「偉大な脚本家だった」「富良野の救世主」「彼の作品は全部見ました」など、諸手を挙げて褒めたたえるインタビュー映像がずっと流されています。
もちろん!私も倉本聰さんは嫌いな脚本家ではありません。高倉健主演のテレビドラマ『あにき』や渡哲也主演の『浮浪雲』は今でも時折DVD(『あにき』は廃盤)を見てますし、『海の沈黙』は忘れらえないインパクトがある映画でした。
ただ正直、倉本さんの代名詞である富良野三部作、『北の国から』『優しい時間』『風のガーデン』はなかなか再視聴する食指が動かないでいます。
倉本さんの作品はとても日本人的です。『引き算の美学』というのでしょうか。余韻で伝える作品が多い気がします。
『北の国から』の黒板五郎はさまざまな悩みや思い、子どもたちへの愛を持って故郷・富良野へ戻ってきます。でも口下手で不器用で言葉だけ聞いていたら彼の心には辿り着けない気がします。雪深い冬と、光が差し輝かしい春、草木がぐんぐん伸びる夏、そして一面がオレンジ色に染まる短い秋・・・そういう富良野の風景となにげない彼の行動や仕草に、五郎の積み上げてきた人生が浮かび上がります。
『優しい時間』の勇吉や拓郎もそう。自分の気持ちを言葉にしきれない。『風のガーデン』の貞美と貞三も同じです。むしろ知的障害があり、言葉ではなく表情や行動で自分を表現せざるを得ない貞美の息子・岳の方がより直接的に感情を表現することができる・・・自分の心を言葉でうまく表現できるほど整理しきれない等身大の私たちを描いた作品なのかもしれません。
倉本さんの作品を見た後、「どんな作品だった?」と聞かれて、スカッと答えられる人はなかなかに少ない気がします。あらすじを語ることはできます。俳優さんの名を挙げることはできます。でも、どんな作品だったと聞かれれば「いっぺん見てみたら」と言ってしまう作品なのです。
なぜ富良野や東京(『前略おふくろ様』『拝啓 父上様』など)を舞台にした作品が多い倉本聰さんを敢えてブログのネタにしたのか・・・ご存じの方も多いでしょうが倉本さんのお母上は京都の方でした。お父上が早逝されたため、東山の宮川町あたりで、裏千家の茶道師範として働き、倉本さんらを育て上げられたそうです。
倉本聰さんの作品には、家族や、家族のような共同体がよく登場します。映画『冬の華』の加納は自らが手にかけた兄貴分の忘れ形見・洋子を実の家族以上に大切に思っていますし、『海の沈黙』で主人公・津山は安奈に見限られたと思い、運命の曲がり角を曲がってしまう。支えてくれる家族が、時に人生の舵を左右していきます。
倉本さんは家庭画報のインタビューで、「おふくろは、僕が殺してしまったんです」と語っておられます。倉本さん自身が脚本家として生活できるようになったとき、お母さんが仕事の無理がたたり、体調を崩されたそうです。倉本さんは「もうお茶はやめたほうがいい。今度は僕がおふくろを養う」と言って、お母さんに仕事を辞めてもらったそうです。ところが茶道という生きがいを失ったお母さんは、その後、鬱状態になり、亡くなってしまった。
たったそれだけの物語ですが、それがどれほど大きい後悔になっているかは、多くの人が思いを共有できる気がします。相手のことを思って伝えた助言が、労わりの言葉が、反って大切な人を追い詰めてしまう、そんな経験がある人は倉本さんだけではない気がします。

倉本さんの作品には、特に富良野三部作にはそれが色濃く現れている
・・・だからいい物語だけど、私はつらく感じるのかもしれません。
言葉にできることがすべてではないし、言葉にしたからといって伝わるものでもない。
昨日見たニュースで、生前の倉本さんが語っておられました。正確には覚えていないのですが、
「感動というのは、首から上で頭で考えるものではなく、腹(丹田)で感じるものだ」
というような意味だったと思います。
そういえば『北の国から』のテーマソング、さだまさしさんの曲には歌詞がありません。シンガーソングライターであるさださんが歌詞を捨てた楽曲です。
でも本当に歌詞はないのかどうか? あのハミングだけの中に雄大な富良野の大地で、ひとつひとつ積み上げるように生きる人間の営みが言葉にならない言葉で歌われている・・・なーんていったらロマンティズムが過ぎるかもしれません。でも、倉本さんの作った作品を振り返ってみると、そんな気もしてきます。
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