京都の夏の風物詩と云えば『床』『川床』。鴨川の西岸、四条から三条あたりにせり出すように設けられるのが『床』、貴船や高尾で川の上やほんねきに接するように設えられるのが『川床』と呼ばれます。
ところが実はもう1か所、この涼やかな食事タイムを、少しばかりお安く楽しめる場所があります。
それが今回ご紹介する『しょうざんリゾート京都』の『渓涼床』です。

しょうざん 地図
念のためですが、『しょうざん』は決して食事処として開発されたわけではありません。
現在の『しょうざん』は1948~1950年代にウールお召しでひと財産を築いた実業家・松山政雄によって造られました。
松山は儲けた金で工場を大きくしたり、販売網を拡大するのではなく『芸術を愛するこことは、美しい環境から生まれる』、故に『美しい着物を造るには美しい環境が必要だ』という信念のもと、三万五千坪の広大な敷地に、庭園、茶室、数寄屋建築、着物の展示施設などを配し、日本画家・榊原紫峰旧宅(現・紫峰邸)や日本画家・鈴木松年旧宅(現・千寿閣)を移築。『京都の文化・自然・食・娯楽をまとめて楽しめるリゾート地・しょうざん』を造られたそうです。
ちなみにお気づきかもしれませんが、『しょうざん』の名称は、松山政雄の苗字の音読『しょうざん』がまず会社の名前となり、リゾート地の名前となったようです。
羊毛(ウール)の糸を使い、細かな凹凸と張りのある「お召し」の風合いに仕上げた着物地。お召しとは、強く撚った絹糸で織った高級織物の一種で、ウールを使うことで、丈夫で扱いやすく、手頃なことから戦後に人気を集め、しょうざん発展の礎となりました。
『しょうざんリゾート京都』がある鷹峯(たかがみね)は、江戸時代初期に本阿弥光悦が徳川家康から与えられた土地です。彼はこの地に、工芸家や職人を集めて『光悦村』という芸術や工芸のコミュニティを築きました。書、陶芸、漆芸、木工などが融合した光悦の活動は、後の琳派にもつながっていきます。
そしてその330年後、松山政雄が同じ鷹峰の地で、着物・工芸・建築・庭園・食・観光を結びつけた一大リゾートを生み出そうとここ御r観たわけです。その思想と野望(^^;は『しょうざん光悦芸術村』という名称にも表れています。

京都 鱧の落し
『渓涼床』は、洛北・鷹ヶ峯の広大な日本庭園を流れる紙屋川に張り出した床で、京都市内にいながらも、喧騒を離れて自然と涼を楽しめるのが魅力です。
鴨川の納涼床が、町並みや東山を眺めながら味わう『都会の夏の風情』、貴船の川床が、川面のすぐ上で渓流の涼しさを体感する『山里の涼』、高雄の川床が、清滝川と深い渓谷の緑を満喫する『自然美』と称するならば、渓涼床はさしずめその中間。美しい庭園と清流、京料理を一度に楽しめる、静かで上品な『洛北の納涼』と呼べるかもしれません。

近年の夏は非常に暑く、且つなかなか涼しい秋になりません。ですから床の季節も長く、10月のかかりまで続けるところもあるようです。9月初めはまだまだ『名残の床』。
いや早し 蝉のなく声消えゆとも 鼓打ちたし鷹峰の床


