近頃、なぜか気になる曲、スピッツの『見知らぬ糸』。放映中のドラマ『Tシャツが乾くまで』の主題歌です。
『ロビンソン』『チェリー』『涙がキラリ☆』『スカーレット』など多数のヒット曲を持つスピッツですから、人によって感じる魅力はさまざまだと思います。私の場合は、旋律もさることながら、比喩や情景描写ではっきりと言葉にされていないけれど、なんとなく、でも強い調子で伝わってくる心の景色を綴った歌詞だったと思います。
祭りのあとの淡い音
迷い込んだんだ いつの間にか
きみはまだ気づかない?
場違いでも運命は既に始まってるんだって
祭りというのは若い時や壮年時代なのかもしれません。そのときはまだまだ自分が何者でもない気がして、逆に言えば無限に未来が拡がる気がしていました。
しかし、齢を重ね、家庭を持ち、周囲の人とのかかわりが増えていくと、それはとても心地よい空間でもあるんだけど、『詰んだ』というか、行きついたような錯覚に襲われる。それは迷い込んで抜けられない運命の始まり・・・。
彼は咲子のことをとても愛している一方で、家を建て、自分で事業(喫茶店経営)を興し、咲子や店のスタッフなどと関わる中で、早い話が『恐怖』を感じ始めるのです。もうなににもなれない。ここに一生縛りつけられる・・・。
私はなんとなくわかる気がするのですが・・・皆さんはどうでしょうか?
充だって決して、咲子との生活を嫌だと思っているわけではない。
その気持ちを草野さんは次のような歌詞で表現しています。
見知らぬ糸が絡まり新しい色に
今までにないほど愛おしくて 編まれて
薄い衣になる 包み込まれていく
たぶん充も感じているのです、包み込まれるあったかさ。でも同時にきっと気づくのです、包み込まれることは包まれてしまうことでもあると。
若いときは気軽な感動に溺れることができた、濁りなき望みこそが理想だと感じた。でも本当はそうなのか。濁りがあっても、嘘があっても、わからないことがあっても、今の人生は自分にとってとても大切で、失いたくない。

見知らぬ糸
この思いは、実はスピッツ=草野マサムネと共に年を重ねてきた、私も含めたリスナーの多くが現実に抱えている思いなのかもしれません。25歳でロビンソンで出会った人は今55歳。30歳で出会えば60歳です。みんな、それなりに経験を重ね、口には出さない後悔もあって今に至っておられると思います。夢を達成した人よりも挫折した人の方が多いでしょうし、夢を見失った人、夢が変わった人もおられるでしょう。
それを全部含めて、人生の糸は、『大切な今』に繋がっています。
ただスピッツの曲が粋なのは、それを言葉にしきっていないことです。歌のテーマである心象風景は言葉にせず、醸し出すだけ・・・その分、反って、聴いている人一人一人の思いが、それぞれの中で膨れ上がっていく気がします。
草野さんは、『見知らぬ糸』を『Tシャツが乾くまで』の主題歌として書かれるとき、下記3点を意識されたそうです。
1.あえてリンクし過ぎないように作った
2.でも結果的にドラマにもうひと味、彩りが加えられたら
3.ちゃんと寄り添えますように
ドラマの世界を語る主題歌ではなく、ドラマのテーマに寄り添い、余韻のようにドラマと視聴者の橋渡しになる・・・そんな主題歌として『見知らぬ糸』は書かれたのかもしれません。

まぁ、スピッツの曲には『語り』は野暮の骨頂だと思います。少しばかりええカッコして書き過ぎました。CD発売はまだですが『見知らぬ糸』まずはお聴きください。
アルバム発売の際、この『見知らぬ糸』がどのように他の曲たちと絡み合い、1枚の『衣』を織り上げていくのか、ぜひ楽しみにしていてください。私も期待して待っています。



