8/16。祇園祭、陶器市と共に京都の夏を彩る風物詩『五山の送り火』が行われます。各山の点火時間は例年と同じ。下記のとおりです。各山、約30分間で消えてしまいます。
【開催日】8月16日(日)
大文字(東山如意ヶ嶽) 20:00
妙/法(松ヶ崎西山/東山)20:05
船形(西賀茂船山) 20:10
左大文字(大北山) 20:15
鳥居形(嵯峨曼陀羅山) 20:20
昨年の記事では、送り火の由来と、各山の文字の由来を少し書かせて戴きました。
それと違うネタ・・・、ということで、送り火がいつごろから始まったか、書かせて戴こうかと思ったのですが、改めて調べてみますと、これが判然としない、諸説あるようです。
例えば東山文化を開花させた室町第八代将軍・足利義政が早世した子供・義尚の冥福を祈るため、相国寺さまの横川恵三禅師の指導で点したという説があります。
けれど一方で『大』の文字の筆者が、平安時代の名僧・空海上人(弘法大師)である、或いは安土桃山時代の公家で書の大家であった近衛信尹卿であるという説もあり、これは先の足利義政説と時代的に相反します。
1658年発刊の『洛陽名所集(山本泰順)』や1662年発刊の『案内者(中川喜雲)』に『五山送り火』を紹介する記事が遺されているので、16世紀中頃の天文から永禄年間に起源があるのではないかと云われています。『花洛細見図』所収の『送り火の絵図』にはこの頃、京都の町では路地ごとに供養のための灯火をともす風習が盛んだったことが記載されているそうで、大きな灯火=五山送り火に繋がったのではないかと推測されているようです。

『五山の送り火』はたった30分間の祈りのために、各山の保存会や地元住民の1年にわたる無償の努力で続けてこられました。山林の管理や火床の準備、薪の運搬・・・関係者のご苦労には頭が下がります。
今、『五山の送り火』は担い手不足と、資材高騰による資金不足、豪雨や獣害による山の維持などが課題となり、存続が危ぶまれています。即時妙案のあるものでもないでしょうが、先祖に感謝し、過去と現在、未来を繋ぐ送り火。ぜひ国や京都市からの支援を強めて戴くと共に、ビジネスモデルとして成り立つ工夫をしていって戴きたいと願う次第です。
『いんでこ』は『帰ろう』の意味。口論の際、「お前、どっか去ね(いね)!」といいますが、去ぬが変じて『去ん』になり、let’sの意味が加わった感じです。1963年に点火時間が明確に定まる前は、日没後の暗くなったタイミングで感覚的に火をつけていたので、こういう歌が生まれたのでしょう。子供が別れ路で歌う名残惜しい帰宅の歌です。収録CDは下記の2種類。
◎ 試聴してみる♪
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