老いることは悪いこと?

お客さま百景2026 時事放談 -世間色々-
お客さま百景

 先日の日曜日、髪の毛を染めた鮮やかなファッションのご婦人が店舗にお越しくださいました。先日亡くなった菅原洋一さんのCDを買いに来ていただいたのですが、とてもハキハキされており、好きな歌を何曲か思い出していただき、収録されたCDを一緒に探させていただきました。

老いることもななかいい

老いることもななかいい

 商品の手配が済み、よくよく話を伺うと、今年で95歳、昭和6年生まれとのこと。とてもそんなお年には見えません。確かにアーティスト名や曲名を思い出すのにもそれなりに時間がかかっていましたが、「こんな年の取り方、できるんだ・・・」、新鮮な驚きでした。

 私たちは少しばかり『老い恐怖症』=『若さ絶対主義』に陥っているのかもしれません。『老いることを恥』と考える風潮さえ感じます。
 なぜ、そんな風に感じるようになっていたのか?
 少しばかり考えてみました。


1.『若さ=価値』という市場構造の変化

 1990年代以降、美容・健康・アンチエイジング市場は大きく拡大しました。広告やテレビではこぞって『若く見えることの価値』『老化は克服すべきもの』というメッセージが喧伝され、『年相応であること』さえ否定的に見る傾向が強まったのかもしれません。
 また医療・介護の現実が『老い=負担』という印象を育成した可能性もあります。介護や医療費の問題、認知症への不安が日々報道される中で、自分が誰かの負担になる未来が私たちの心に根づいてしまった、そんな可能性はないでしょうか?
 さらにSNSの普及が老いを可視化し、『若さ=価値 VS 老い=劣位』という印象を強めた面があります。


2.社会全体のハイ・スピード化

 デジタル化やAIの普及した現代社会では、新しい知識を次々と吸収することが求められます。一方で、人間の脳は、年齢と共にその機能が変化します。
 新しい情報を素早く処理したり、初めて見るアプリを即座に使いこなす『流動性知能』は確かに低下しますが、経験や知識、異なる事象を有機的に統合し、深く考える力=『結晶性知能』は、年々成熟し、成長します。感情の揺れが減少し、俯瞰力が高まることで、脳のメイン機能が『速さ』から『深さ』へ変化することが研究で実証されています。
 企業がハイスピード化をアピールし、メディアがそれにあったライフスタイルを提案する中で、私たちは自分自身の変化を見失い、メディアが標榜する世界にフィットできなくなる自分を卑下しつつあったのかもしれません。


3.核家族化による世代間交流の減少

 昔は祖父母との同居は一般的でした。近所にも親しいお爺ちゃんやお婆ちゃんがおられ、わからんことを教えあうのが日常茶判事でした。どの家も核家族化が進むことで、いつしか『老い』を遠ざけたいものとしてして扱っていたのかもしれません。
 また日本は超高齢化社会です。メディアでは連日、社会保障や介護問題が報じられます。結果『老いること=社会負担増』という印象が定着し、『他人の負担になってはならない』という日本人特有の美徳も相まって、『老い恐怖症』に陥っていたのかもしれません。


 今回お会いしたお客さん、老いを受け容れつつも、今の自分を楽しんでおられるご様子でした。お話もおもしろく、「同じですねぇ」ということもあれば、「えっ? そんなふうに考えるのですか」ということも多くあります。これは自分より若いお客さまとお話ししたときも同じかもしれません。
 『齢を重ねる』とはどういうことか?
 メディアや社会の風潮に流されず、今回お会いしたお客さまのように、「年を取るのも悪くないな」と思える、年の取り方・・・できればいいな、と気づかせてもらった、そんな出会いでした。


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