明治時代後期、日清戦争に勝利した日本は急速な近代化=西洋化の中にいました。
国際社会で急速に頭角を現す日本でしたが、一方で『好戦的で野蛮な国』『いまだ未開で精神文化が乏しい』という見方もされつつありました。

岡倉天心
これに危機感を抱いたのが、新渡戸稲造、岡倉天心(岡倉覚三)、内村鑑三の三人でした。英語に堪能だった三人はそれぞれ英文で本を書き、日本という国、日本人という民族がどのような価値観を持ち、何を行動の基準としているか、世界の人々に正しく伝えたいと思ったようです。それは同時に我々日本人に対しても、近代化の中で急速に失われていくアイデンティティを思い出させたと云われます。
『武士道(新渡戸稲造)』『代表的日本人(内村鑑三)』『茶の本(岡倉覚三)』。
3冊の本の中から、『茶の本』について、少し紹介してみます。
『茶の本』は1906年、欧米人に日本文化の本質を理解してもらうことを目的に書かれました。当時の岡倉は、ボストン美術館の東洋部長として中国や日本の美術品を紹介する役割を担っていました。彼は、当時の欧米社会が日本を異国趣味や表面的な風俗だけで見ていることに不満を抱いていました。そこで『茶の湯(茶道)』を切り口に、日本人の美意識や自然との調和、簡素さを尊ぶ精神、配慮と思いやりなどを紹介しました。
後世に美術思想家として名を遺した岡倉天心は、『茶は単なる飲み物ではなく、一つの哲学である』と考えていました。
岡倉は語ります。
「私たちの住居、習慣、衣服や料理、陶磁器、漆器、絵画、そして文学にいたるまで、すべて茶道の影響を受けていないものはない。日本文化を学ぼうとするなら茶道の存在を知らずにはすまされない」
戦国時代末期、千利休により確立された『茶の湯(茶道)文化』は、江戸時代を通じて、上流階級だけでなく、市井の人々にも根を張りました。そして『茶の湯』の精神がそのまま『日本文化』のBASEへとなっていったのです。
また『茶の本』の言葉でもっともよく知られているのはこれでしょう。
as it is a tender attempt to accomplish something possible
in this impossible thing we know as life.
(茶道の要義は『不完全なもの』を崇拝するにある。
それは私たちが人生というこの不可能なものの中で、
何か可能なことを成し遂げようとする、優しい企てである)
これは日本人のアイドル感にも見られる現象です。K-popなどと比べると、日本のアイドル文化は『共に育つ』『育っていくあなたを応援する』という要素が強いです。伝統楽器を見ても『尺八』や『笙』などは節の付き方や蜜蝋の具合などで、個体によっても、その日の天候によっても音が変わりやすい傾向があります。
飲食店でも「あそこのおっちゃん、言葉間違えると客に怒鳴るからなぁ・・・」なんて苦笑いしながら話すことがあります。客に怒鳴る飲食店など基本、アウト!ですが、そんな親父のプロらしくない個性も店の味のように感じるのです。
あえて不調和や余白を残し『未完成を受け入れ、楽しむ』・・・このフワッとした寛容さも良しにつけ、悪しきにつけ、日本らしさなのかもしれません。
近年、1970~80年代の日本のシティ・ポップが世界的ブームとなりました。完璧にデジタル補正された現代の洋楽ポップスに聴き慣れた人々にとって、アナログの『わずかな音の歪み』や『洗練されているのに、どこか切ないメロディ』が新鮮だったのかもしれません。
また坂本龍一の晩年の名盤『async』は風の音、人の呼吸のゆれ、水音・・・。不整合なすべての音をそのまま取り入れました。
『完璧でなくてもいい。不完全・不安定だから味がある』・・・それは大きなメッセージなのかもしれません。
そう云えばイチロー選手が、日本人初の大リーグ殿堂入りという偉業を成し遂げた際、満票にわずか1票足りず、こんな言葉を残しています。
やっぱり不完全であるというのはいいなと。
生きていく上で、不完全だから進もうとできるわけで。
そういうことを改めて考えさせられるというか、見つめ合える。
そこに向き合えるというのはよかったなと思います
『不完全だから得られる未来の楽しみ』というものがあるのかもしれませんね。
《参考》茶道 / 茶の湯
◆ 茶道(茶の湯)のページ
◆ 陶磁器(茶碗含む)のページ



