5月23日、子供も楽しめる狂言イベント『大人も子供も狂言入門』が開催されます。
詳細は下記の通りです。

大人も子供も狂言教室
近頃、子供を対象にした狂言イベントが本当に増えた気がいたします。歌舞伎や落語には及ばないものの、能や文楽に比べると明らかに多くなっています。
『伝統芸能継承』という観点から、このような子供向けの入門イベントは必須ですが、
ベースとなる消費パイが大きい歌舞伎や落語に次いで、狂言イベントが多いのには訳があります。
まずなにより、舞台装置がほぼ不要で体育館や講堂のステージでも上演ができること。
加えて、もともと能の休憩的位置づけで上演されるうえ、単独で上映される演目が多く、短縮なども容易で時間的制約が少ないことが挙げられると思います。
それ以上に重要なことは、『狂言』という芸能が子供さんとの相性がよいうえ、従来の文部省カリキュラムでは網羅できない教育的効果が期待できるからだと云われています。
1.笑いがストレートで、子どもが理解しやすい
狂言の笑いは、単純な勘違い、誇張されたしぐさ、おかしな動き、ものまね、など、言語に依存しないジェスチャーでの笑いが多いので、子供でも笑うポイントがすぐにわかります。
狂言の『型』も、テレビ番組『日本語であそぼう』で紹介sれる擬音語(「ぴりり、ぴりり」など)を滑稽な仕草にアレンジしており、アニメや絵本のようなわかりやすさがあります。
2.キャラクターがわかりやすい、親しみやすい。
『狂言』の主役はほぼ、太郎冠者などのおっちょこちょいで愛嬌のある人物です。動物や神さまが登場する演目も多く、子供にとっては『日本昔話』のような印象をうけるのではないでしょうか。
キャラクターが親しみやすいということは、舞台と観客が同期化することに繋がります。これは強いと思います。
1.想像力の刺激と育成
能舞台にはほとんど大道具が用いられません。落語もそうですが、観客は建物や見物衆、木々や小物類に至るまで、そこにそれがあると仮定して舞台を楽しみます。演者にないものがあると感じさせる技術が必要なことは言うまでもありませんが、同時に受け手=観客にも、それを感じる想像力が求められます。
昔は子供が眠る前に、親御さんが物語を語って聞かせることがよくありました。子供は自分自身の頭に絵を描き、物語を組み立てることで自分の想像力を知らず知らずのうちに育てていたと云われています。現代社会では映像技術も音声技術も、近年は香りや触感さえも一部味わえる、いわば仮想空間を味うレジャーが増えました。
しかし、ないものを想像で補う、余白を埋めるエンタテインメントの魅力というのもあるように思います。
2.真似をする楽しみ
狂言の動きには一定の様式=『型』があります。狂言の場合、この型や台詞いに繰り返しが多く、ユーモラスなものが多いのが魅力です。こどもは、おもしろいと思ったものの真似をします。今はどうかわかりませんが、先生のヘンな素振りや口癖を真似たり、人気のドラマのキメシーンを真似たり・・・。モノマネじょうずはしばしばクラスのヒーローになりました。
皆さんもご存じのとおり、人間が技術を習得する過程の第一歩は、うまい人のまねをすることです。私たちの頃ならピンクレディーやマイケル・ジャクソンの真似をしているクラスメイトが多くいました。学校授業でも図工なら模写、国語なら、同じ漢字を20字以上書いてきなさいなんて言われたものです。
さまざまな研究でも、最初は有名な教授が発表した実験を再現し、その存在を確認した上で、自らの研究の土台にしていくと聞いたことがあります。
真似をする、ということは大きなことでも、小さなことでも、大切な第一歩になることが多いようです。
まぁ理屈は兎も角、子供さんも大人も一緒に楽しめる。もっといえば言葉がわからなくでも凡そ楽しめる・・・というのは『狂言』の確かなアドバンテージなのかもしれません。
すてきな文化が今後も楽しめるようであれば、と切に願います。


