数あるお経の中で、日本人が最もよく称えるのは『般若心経』だと云われます。
わずか262文字(翻訳や写本の系統により若干の違いあり)の漢文に、佛教のエッセンス=救いへ至る重要なポイントが語られてると云われます。
正式名称は『般若波羅蜜多心経』。日本では『西遊記』の三蔵法師のモデルとなった実在の僧侶・玄奘三蔵の翻訳版がよく知られています。玄奘に師事し、西暦660年に帰国した法相宗の僧・道昭が持ち帰ったと伝えられます。
日本では、浄土真宗さま以外のほぼ全宗派でお称えになられており、弊店でも般若心経のCD、カセット、DVDを制作/発売する一方で、真言宗さま、天台宗さま、臨済宗さま、曹洞宗さま、などの日々のお勤め(お盆やお彼岸にも使えます)にも収録しております。
般若心経は漢文で書かれていますので、漢詩と混同される方が時折おられますが、五言絶句や七言律詩のような定型ではなく散文体となっています。ただ韻律や対句は部分的に用いられており、リズムを整え、思いを強調する効果を上げています。
例えば対句では『色即是空 空即是色』や『不生不滅 不垢不浄 不増不減』『無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法』などが挙げられます。韻律ではやはり『羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶』のぎゃーてい・ぎゃーてい=真言(マントラ)部分が印象的です。
対句や反復、韻律などを効果的に活かしていることから、もともと声に出して読経することを意識したお経ではないかという考えもあるようです。
全体の構成は、導入 → 核心(教義)→ 結論 → 真言(マントラ)となっています。
短いお経ではありますが、その教えは奥深く、僧侶でもない私などが語れるものではありません。その意味を深く学ばれたい方には、臨済宗妙心寺派の名僧・山田無文老師の『般若心経講話』などをお薦めしたいと存じます。
ただ大意としては“『空』の智慧によって執着を捨てて生きる”ということに尽きると思います。
『色即是空 空即是色』という有名な一句がありますが、これは『形あるものは空であり、空は形あるものとして現れる』と訳されます。わかりやすく云うと、この世のあらゆる物事や自分自身には固定的な実体(自性)がなく、すべては縁(条件)によって絶えず変化している、というような意味でしょうか。
この般若心経に込められた『空』の思想は、日本人によく見られる相対的・非固定的なものの見方に影響を与えたと云われます。ただ正確にいうなら、日本における相対的思考の重視は、神道的な自然観や、村社会の調和重視思想なども大きく影響していると思われます。それよりも『執着を離れて本質を見る』という『空』思想の本質に注目する音が大切な気も致します。
最後に店頭でよく尋ねられる質問『なぜ浄土真宗では、般若心経を称えないのですか?』に、少しだけ触れたいと思います。
端的に言えば、般若心経と浄土真宗さまのご教義では、救いへのアプローチが異なるからだと思われます。般若心経は、自分自身の修行や智慧により『空』を悟り、苦しみから脱しようと説かれています。けれども浄土真宗さまでは、私たち一人ひとり(親鸞聖人も含めて)が自分自身では悟りを開け得ない凡夫であると受け入れ、『浄土三部経』に著された阿弥陀さまのご本願に全てをお任せし救われようという他力本願を説かれています。
また浄土真宗さまでは、私たちは既に阿弥陀さまにより救われることが決まっているという考えから、加持祈祷を行われません。般若心経 経末の真言(マントラ)が不要になってくるわけです。
ですので、『唱えてはいけない』と理解するのではなく、あくまで『浄土真宗の儀式では必要がない』というように理解いただくのが、もっとも適切ではないのかな、と、素人ながらに思う次第です。




