映画『塩狩峠』はなにを告げる!?

映画『塩狩峠』はなにを告げる!? ドラマ/映画
映画『塩狩峠』

 明治42年2月28日。北海道旭川市の北、塩狩峠で突如、旭川行の列車の最後尾客車の連結器が外れ、暴走・逆行する事故が発生しました。本来ならば暴走した客車が崩壊し、多くの犠牲者が出る事案でしたが、当時、勤務乗車していた国鉄職員・長野政雄氏が線路に身を投じ、車両を停止。長野氏は即死するも、その他の乗員・乗客に怪我人や死者は出ませんでした。
 長野氏が当時はまだ差別されていた耶蘇教(キリスト教)の信者であったこともあり、大きく報道。後にクリスチャン作家・三浦綾子の小説『塩狩峠』の原案になったことで多くの人の胸に刻まれる事件となりました。

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 映画『塩狩峠』はこの三浦綾子の小説を原作として制作されました。監督は『古都』『紀ノ川』などで知られる中村登。脚本は楠田芳子が担当。実のところ上映当時(1973年)は小規模公開で興行的成功には至らなかったようです。
 しかし、物語のテーマ『自己犠牲』や『隣人愛』。この根底にある静かだが強固な信仰心が丁寧に綴られたことで、全国の教会やキリスト教系学校での自主上映が長く続き、多くの人に知られる中村登監督の代表作と云われるようになりました。

 物語は結婚式を控えた永野信夫が、勤務中の列車で乗客と話すシーンから始まります。
 東京の旧旗本家に生まれた信夫は幼くして母を失います。母は熱心なキリスト教徒だった為、耶蘇教嫌いの姑に家を追い出されたのです。祖母が死に、母は帰ってきましたが、信夫との間はギクシャクしたものでした。
 程なくして信夫は母の影響もあり、キリスト教(プロテスタント)に入信。国鉄に入社した彼は北海道へ転勤となり、そこで小学校時代の旧友・吉川とその妹・ふじ子と再会します。もともと足が悪かったふじ子ですが、今では脊椎カリエス のため、3年間病床にありました。しかし信夫は19歳となったふじ子の飛び切りの美しさと、昔以上の明るさに眼を見張ります。
「ふじ子の陰りのない静かな微笑はなぜだろうか・・・」
吉川からふじ子がキリスト教徒だと聞かされた信夫は、これまで距離を置いていた聖書を手に取ります。
 その後、同僚の三堀の盗難事件などを経て、ますます信仰を深めていく信夫。
 家族や信夫の協力で体調を回復したふじ子と、遂に婚約。結婚式を迎えようとするのですが・・・

 映画『塩狩峠』の魅力は、信夫の『自己犠牲』の根底を支えた彼の『信仰』が如何に育まれたかを丁寧に、彼の生い立ちとともに描いたことにあります。
 永野信夫はスーパースターでもなければ、飛びぬけた才覚を持つ人物でもありません。生まれながらに強固な意志力を持った人でもありません。どこいでもいる、ありふれた、むしろ悩みや心に多くの傷を抱えた人物です。
 その信夫が、どうして咄嗟に自分の命と幸福を、他者の為に投げ出せる『強い人間』になれたのか。さりげなく、さりげなく、彼が歩んだ命の中に描き込んだのです。


 頭のいい人もあまりよくない人も、要領のいいひとも悪い人も、お金持ちも貧乏人も歩める人生は一度きりです。今、歩んでいる道が正しいのか、死ぬまで、いや死んだ後でさえ、判然とはしないもののようです。
 私も、あなたも、闇の中を手探りで歩いているようなものです。宗教とはそんな弱さを感じたときに、倒れぬよう背中を支えてくれるものなのかもしれません。
 讃美歌に『神ともにいまして ゆく道をまもり・・・』とあり、浄土宗や浄土真宗には『光明遍照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨(十方世界すべてを照らし、すべてのいのちを抱きとり、決して捨てない)』とあります。禅宗には『一切衆生悉有仏性(すべての命は、悉く仏の性を持つ)』とあります。
 『信仰』や『信心』が『強い私』に繋がるのはそんな理由からかもしれません。

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