ゲーム『ファイナルファンタジー』などのキャラデザインで知られる天野喜孝氏が手掛けた伝説のアニメがDVDで復活します。
やさいのようせい N.Y.SALAD
収録内容&ご注文
ニューヨークのとあるキッチン。
人間たちが寝静まる頃、モコモコと動き出す小さな小さな影。
やさいの妖精だぁ⁉芽キャベツ、にんにく、レタスに白ナス・・・。
なんだかわからん妖精語で話す彼らが繰り広げる不思議でかわいい夜の大冒険・・・
今日はどんな新しい発見があるのかなぁ???
『ファイナルファンタジー』をはじめ、栗本薫の『グイン・サーガ』、田中芳樹の『アルスラーン戦記』、マイクル・ムアコックの『エルリック・サーガ』など多くのヒロイック・ファンタジー小説の挿絵やブックジャケットでも高い評価を得ている人物です。
『やさいのようせい N.Y.SALAD』は、天野氏がニューヨークのアトリエで仕事に疲れていたとき、テーブルに置かれた野菜をふとスケッチしたことがきっかけと云われます。
始めはただの手慰みだった『やさいのようせい』がやがて絵本になり、物語になり、3DCGアニメが生まれました。
アニメ『やさいのようせい N.Y.SALAD』は、日本アニメにいくつかの新しい可能性を与えたと云われます。
今回はその中から、3DCGアニメという手法に与えた影響を少し紹介します。
従来のアニメ(二次元アニメ)をパラパラ動画とすれば、3DCGアニメは『デジタル上の立体人形劇』と表現できます。
『アルゴ探検隊』や『シンドバッドの冒険』で有名なレイ・ハリーハウゼンの特撮を、コンピュータ内で行ったと考えるとわかりやすいかもしれません。
3DCGアニメでは、予めキャラクターや背景の『形状データ』を作成し、それに動きや質感を与えていきます。
メリットとして、仮想上の三次元空間内で自由にカメラワークが可能。ダイナミックで臨場感あふれる表現が生まれます。
また完成したモデルを動かし、画像を制作するので、カット毎に絵のタッチがずれる作画の乱れが発生しません。
更に背景やキャラデータの再利用が無限に可能なので、複雑な集団による動きも比較的簡単に作画できます。
一方で、当時の3DCGアニメは無機質であることでファンから失望の声が上がっていました。
キャラや背景の質感が乏しく肌のぬくもりや柔らかさが感じられない、コンピュータ制御のため生物らしいしなりやためを欠きロボットのように感じる、すべてが正確過ぎて『絵』としての情緒に欠ける。
『やさいのようせい』ではこの3DCG特有の無機質さを、あえて輪郭をぼかし『水彩画のような質感』を演出することで克服しました。
『デジタル技術でアナログの温かみを表現する』ことが可能であると証明した作品といえます。
天野喜孝氏は、ゲームや挿絵で世界的な評価を得、単なるイラストレーターではなくアーティストとして認識されています。
彼の原画をそのまま動かす『やさいのようせい』のチャレンジは、アニメを『商業的なエンターテインメント』の範疇から解放し、『動く美術品』として再定義しました。
本作以後、著名な芸術家がアニメーション制作に関わることが増え、アニメが文化として認められる礎になりました。
『やさいのようせい』は、セリフを極限まで減らし、映像とナレーション、音楽だけで物語を綴るノンバーバル(non-verbal)構成で綴られています。言葉に頼らず、表情、視線、ジェスチャー、ボディアクション、声のトーン等で情報を伝える手法です。
言葉で伝えきれない感情や、言葉にできなかった本音を伝えると共に、アニメーション本来のおもしろさを感じられる手法です。
『トムとジェリー』やサイレント映画、パントマイムなどの魅力と相通ずるものがあります。
言葉はコミュニケーションの一部に過ぎず、全てではない、と実感させてくれます。

1話たった15分のアニメ『やさいのようせい N.Y.SALAD』には他にもさまざまな可能性、チャレンジが隠されていました。
発表から20年たった今も、私たちが解決しきれていない課題へのヒントもたくさんあります。
3DCGアニメは無機質だと思いこんでいた時代に、
『じゃない。まだチャレンジの途中』とアンニュイに、でも力強く抗弁する
・・・かわいいけど、けっこう硬派なアニメだったのかもしれません(^^;
月として、『やさいのようせい』を見守り続けた原田知世さんの名台詞で、本日はお別れです。
Have a good Night.



