朝のワイドショー『羽鳥慎一モーニングショー』のコメンテーターとしても人気の
廣津留すみれのヴァイオリン・ソロアルバムが発売されました。
薄いオレンジ色をバックに廣津留さんがヴァイオリン片手に微笑みかけるジャケットはちょっとドギマギしてしまいます。
廣津留さんは、ハーバード大学とジュリアード音楽院という最高学府を首席で卒業された才媛で、
その演奏は『知性と感性の幸せな出会い』とも云われます。
音楽において『知性』とは、楽曲の構造を理解し、一音一音の存在価値やフレーズの効果を理解して演奏できるということ。
学問として音楽を学んだ廣津留さんは徹底したアナリーゼ(楽曲分析)で、楽曲の構造をきちんと把握されています。
「なぜ、この音がここにあるのか」がわかることで自信をもって音を出すことができると云います。
彼女が奏でる音は、けっして大きくはないけれど、くっきりとして力強いと云われる由縁です。
『間』というのも大切な要素です。余韻と云ってもよいかもしれません。
これは邦楽の方が印象的かもしれませんが、無や空間を音楽に変える、これも知的な音楽表現だと思います。
また対話的アンサンブルはもっとも人間らしく、且つ知的な音楽行為です。
他者の音を聴きながら、まるで対話するよう音を紡いでいく。
今回のアルバムでは、ピアニストに河野紘子さんが参加されました。
彼女は声楽・器楽とのアンサンブルに豊富な経験を持ち、なにより廣津留さんとは長年にわたり共演を重ねてきました。
安心と経験に裏打ちされた安定で緻密な音楽的対話が本CDの収録曲にさらなる深みを与えています。
より徹底したアナリーゼをし、実際に表現しうる技術を持つ、これはプロとしては当然かもしれません。ただ、そのプロとして当然(かもしれない)『知性』に調和しうる『感性』を求めるとなると、それは人間性にまで及ぶ素養が必要になる気がします。
譜面を超えた表現と言っていいかもしれません。
弓の圧や速度、ヴィブラートの微細な変化・・・音色の揺らぎ。譜面通りではなく、語りかけるようなテンポで心の動きを表現する。一音を聴いた瞬間に、季節や風景、記憶が立ち上がる・・・どれもみな感性のなせる業です。
つまり音楽における感性とは、ただなにを感じるか、うれしいか、哀しいかということではないようです。
自分が音楽と出会い、なにを観衆と共有したいのか、なにを音楽を通じて表現したいのか、それはどうすれば相手に伝わるのか。
たぶん聴いてくれる人と、奏でる人の音を通じての対話の中に存在するもののような気がします。
本アルバムにも何曲か収録されているフリッツ・クライスラーは、廣津留さんお気に入りの作曲家だそうです。
同じヴァィオリニスト出身ということもあるでしょうが、柔らかく親しみやすい旋律や、美しく甘い音色、豊かな感情表現など、譜面には納まりきらない『余り』が多い作曲家さんだったこともあるかもしれません。
また『前奏曲とアレグロ(プニャーニの様式による)』のように、自作をバロックや古典の作曲家の未発表曲として発表し、後に自ら種明かしするなど悪戯っ子のような行いも、彼女の洒脱な演奏と相通ずるものがある気がします。
『歯磨き、ご飯、ヴァイオリン』と語られるほど、廣津留さんのヴァイオリンには『好き!』が溢れています。
賞をとらねばならない、とか、人から認められねばならない、ではなく、
『好きだから奏でる』
『好きだからみんなと分かち合う』
彼女はハーバードで初めて本格的なアンサンブルを経験し、他者との対話を通じて音楽の奥深さを知ったと語っています。
同じ音楽を聴いても、人は異なる感情を持ちます。それを紡ぎ合って一つの音楽を織り上げていく。彼女の音楽は、他者と分かち合うことで、共有し合うことでより豊潤な実りとなるのかもしれません。彼女はそれを理屈ではなく、身体全体で感じているからこそ、言うのです。
「自分が感じたことが正解」と。
違うことが当たり前。異なることが出発点・・・
だからこそ、廣津留すみれのヴァイオリを聴くと、なんだか元気になれるのかもしれません。



