話題の映画『国宝』にはいくつかの歌舞伎演目が登場します。
今回はその代表的な演目のCD/DVDを紹介させて戴きます。
積恋雪関扉(つもるこい ゆきのせきのと)
主人公・立花喜久雄(吉沢亮)と後に師匠となる花井半二郎(渡辺謙)の出会いになる演目。
宴会の出し物に喜久雄が遊女・墨染の登場シーンを演じます。
満開の小町桜。この桜を切り倒し、護摩木にすれば願いが叶うと知った関守の関兵衛こと大伴黒主。
これを止めようと、桜の精が遊女・墨染となって現れます。実のこの桜の精、黒主へ深い恨みを抱いており・・・。
藤娘(ふじむすめ)

藤娘
『藤娘』は歌舞伎舞踊の人気作で、藤の花の精がさまざまな恋心を舞踊で表現する演目です。
美しさ、儚さ、叶わぬ恋の切なさを幻想的な空間の中に映し出します。
『国宝』では『藤娘』は2回の重要な場面で登場します。
一つ目は『二人藤娘』。
幼少から叩きこまれた完璧な技術と持ち前の華やかさで『型の美』で魅せる俊介(横浜流星)。
孤独や情熱、葛藤が滲み出る『魂の芸』で魅せる喜久雄。
同じ舞台に立ち、互いに引き立てながらも異なる輝きを印象づけるシーンです。
二つ目は、出自や隠し子発覚で歌舞伎界を追われた喜久雄が場末の舞台で舞うシーン。
この後、彼は酔客さんざんに辱められますが、この出来事は喜久雄が自らの存在と改めて正対する屋上のシーンへと繋がります。
京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめふたりどうじょうじ)
『京鹿子娘二人道成寺』は、歌舞伎の女形舞踊の最高峰『京鹿子娘道成寺』を二人舞にアレンジした演目です。
和歌山の安珍清姫伝説の後日談、能楽『道成寺』を下敷きにしています。
鐘の再建供養を行う道成寺に現れた白拍子。舞奉納を披露するうちに鐘の中に飛び込み、蛇体に変化します。
少女の純な恋心、艶っぽい女の色っぽさ、狂気の如き情念・・・。
女性のさまざまな真実を、『引き抜き』による衣装の早変わり、鞠つき、花笠、銭太鼓なども使った多彩な舞、で表現します。
約1時間を12段以上の舞で踊り分けます。
『国宝』では2回、1回目は切磋琢磨して成長する喜久雄と俊介を象徴するシーンとして。
2回目は、一時は底辺まで沈んだ喜久雄の復活と、俊介改め半弥の悲劇へと繋がっていきます。
曽根崎心中(そねざきしんじゅう)
近松門左衛門の傑作『曽根崎心中』。
遊女・お初と恋仲の手代・徳兵衛が悪党の罠で死に追い込まれ、来世を誓って心中する悲恋物語です。
映画『国宝』では、俊介と喜久雄の決別、半弥の大成と終の別れを象徴する演目です。
事故で舞台に立てない師匠・半二郎が、代役に息子の半弥ではなく、喜久雄を選んだことが二人を決別に追い込みます。
半二郎はどこか芸に甘さが残る息子を戒めるためにした行為でしたが、喜久雄のお初を観た半弥は自信を喪失し、失踪してしまいます。
紆余曲折の末、糖尿病で左足を失った半弥が挑んだ演目もこの『曽根崎心中』でした。
命を削る・・・父が望んだ以上に妥協のない魂の芸を披露する半弥。
共鳴するように応える三代目・半二郎(喜久雄=東一郎が襲名)。
情緒、覚悟、美の極致が凝縮された魂の舞台は圧巻です。
鷺娘(さぎむすめ)
坂東玉三郎の十八番『鷺娘』。
恋に破れた娘が、白鷺の精に変化。抑えようなき情念に捉われ、地獄の責め苦に喘ぐ娘はやがて力尽き、雪の中に息絶ます。
長唄の朗々とした歌声と、堤の響きの中、幻想的な中に情念の炎だけがフツフツと燃え続けるが如き舞踊美が展開されます。
『鷺娘』は、歌舞伎役者・喜久雄の原点であり、めざすべき到達点として物語の始まりと終わりを繋ぎます。
田中泯演じる小野川万菊の『鷺娘』・・・その頂をめざす中で、喜久雄も俊介も道に迷い、挫折と復活を繰り返します。
やがて孤独と苦悩、多くのものを失った末に、喜久雄は求め続けた美しき景色に気づくのですが・・・。


