もう間近なのだが、京都の新京極六角の『誓願寺』さまで、恒例の和泉式部忌が行われる。
今年も観世流シテ方・能楽師による奉納舞『誓願寺』が奉納されるとのこと。
入場無料ということなのでご紹介したい。
詳細は記事末にチラシを添付するが、とりあえず概要は下記の通り。
和泉式部忌 奉納舞 観世流 誓願寺
【日時】令和七年六月八日(日)13時30分はじめ
■ 13:30 ~ 和泉式部忌法要
■ 13:55 ~ 解説 『奉納舞 誓願寺』
■ 14:00 ~ 奉納舞観世流 『誓願寺』
【場所】 誓願寺
京都市中京区新京極六角
和泉式部は、清少納言や紫式部と同時代を生きた歌人で、中古三十六歌仙や女房三十六歌仙の一人に数えられます。
紫式部はその日記の中で、「けしからぬかたこそあれ」と彼女の奔放すぎる恋愛関係に眉をひそめる一方、「歌はいとをかしきこと」とその歌(和歌)の趣、なにげない言葉遣いの色艶に感嘆しています。
漢文をはじめ、学問への造詣も深かった清少納言や紫式部と比べると、より天才的で感覚的、理屈ではなく自然にあふれる魅力に満ちた人だったのかもしれません。
もっとも有名な歌は百人一首のこの歌でしょう。
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな
前の記事にも書きましたが、『あらざらむ』から始めることで、「なにが?」とう読み手の問いを引き出し、「今ひとたびの逢うこともがな」という切ない女心で締める。
文才なき私でさえ、センスええなぁと思ってしまいます。
白波の よるにはなびく 靡き藻の なびかじと思ふ われならなくに
「波になびく藻のように私の心も揺れてしまう。なびくはずないと思っていたんだけど・・・」
みたいな意味だと思います。
なびく、靡き、なびかじ、と32文字のうち10字を費やして「なびいている」自分の今を伝えています。けっこう大胆です。
あの人に(私を)見せたいし、ずっと見ていたい。あの人が毎朝、見るこの鏡だったらよかったのに。
みたいな意味でしょうか。ちょっと調べてみると、若干異なる解釈もあるようです。
世の中には時折、こういう稀有な人が出現します。
理も通らんし、時折腹も立つけど、なんだか魅力的で受け入れてしまう・・・いてくれると少し世間が華やぐ気がします。
法要を営まれる誓願寺さまは浄土宗西山深草派の総本山にあたり、知恩院さまや増上寺さまとは正確には異なる宗派となります。
阿弥陀如来さまをご本尊とし、大化の改新で知られる天智天皇の勅願により奈良に創建。
16世紀末に豊臣秀吉により現在の地に移転されました。落語発祥の地とも云われ、奉納落語会なども催されています。
見どころは、ご本尊・阿弥陀如来坐像と十一面観音。絹本著色誓願寺縁起や重要文化財でもある木造毘沙門天立像があります。
扇塚は芸道上達を願う場所として、北向地蔵尊は迷子や落し物の祈願所として知られます。
古来より女人往生の寺であり、清少納言や和泉式部が帰依していたそうです。和泉式部忌の発祥はここにあるようです。
ちょっと長くなってきたので、奉納舞『誓願寺』の紹介は手短に。
詳しくは現場で先生方が解説してくださると思います。
この奉納舞は、能楽『誓願寺』のフィナーレ、歌舞の菩薩となった和泉式部の舞にあたります。
阿弥陀さまの救いに気づかせてくれた一遍上人の徳を讃え、極楽浄土の世界を象徴する舞です。
まぁ、お寺さまとしては、この奉納舞拝観をきっかけに『阿弥陀さまのおすくい』に気づいていただきたいというご意向とは存じますが、まずは美しい舞を楽しみにいかれたら如何でしょうか?

和泉式部忌 奉納舞
観世流 誓願寺





